「トランジション運動」
トランジション運動とは、
「移行していく運動」……現状がほんとうにそのままでいいの? と
よりよい方向への模索を重ね、移行して行く運動のこと。
これについて考えて、思うことがある。
私は、活動家にはなる気はサッパリないし、
いわゆる活動家の多くに、疑念さえ持っている。
ちょっといじわるな見方をすれば、彼等は
「下克上」を狙っている戦国時代の足軽や、
支配階級にとってかわろうとする幕末の下士たちと同じように見える。
(もちろん、全ての活動家ということではありません)
「現状を変えたい」ということの目的は、
みくだされる側や、使われる側から脱却したい、じゃない。
脱却したい、はついでだ。
そもそもは、そういう価値観をなくしたい、
そういう価値観が生むかなしみをなくしたい、のだ。
「現状の不満を、解決したい」
変革の動機は、そこかもしれない。
それはいい。
でも、動き出すならば、
そこからもう一歩、意識をすすめないと、
簡単に利用されてしまう。
目的のために手段を選ばない道に、踏み込んで行く。
そう。不満や愚痴というものは、とても
「欲」に利用されやすいものなのです。
だから、利用されないために。
願いを純粋に叶えるために、
いくつか、自分の心と、約束ごとをして、
活動をしていきたいと、思うのです。
願いを叶えたいという意志を持って
生きるということが、そのまま、結果的に
活動となるかたちとなるように。
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【私が私にする、活動のときのおやくそく】
・新しいことばを安易に使わない。
(カタカナの言葉は便利だけど、ブレてしまいがちで、使って行くうちにブレに慣れてしまう。
その言葉を飲み込んで自分の一部になるまでは、安易に使うのは、よくない)
・排他的な空気をつくらない。
(気心の知れた仲間で固まるのは安心だけど、その状態が作りたい世界ではないのならば、
一時の安心のために、そういうことはするべきではない)
・肯定からスタートする。
(すべてのものは、存在する時点で、肯定点がある。
そこを見つけだす知恵を絞りつつ、否定の前に、まずは肯定する。
不満や否定が先に立つことは、あまりよい結果につながらない)
(記録中、あとでもう少し追記)
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